いきおい、Y子は自分ひとりで耐え、自分の世界を築き上げてしまったのではないか。
風鈴がまたひとつ鳴った。
わたしは娘を高く抱き上げて、「Y子、さあお父さんとお風自に入ろう」そう言いながら、初めて頭をなでた。
Y子は、まだ唇を結んで怖い顔をしたままであった。
四歳半の彼の娘には、強固な自分の世界があった。
人にはだれにも自分の世界がある。
良かれ悪しかれ、その中で自分がつくられていく。
そうした自分があるからこそ、門を聞けて、他者とコミュニケートすることが大事なのだ。
自分の世界を持ちながら、他者とすすんでコミュニケートすることで、自分がより豊かになるのである。
以下の各話において、自分とは異なる相手と、どのようにコミュニケートしていくかについて、詳しく述べることにする。
ビジネスには必ず相手がある仕事もコミュニケーションも、相手がいて成立する。
職場にはいろいろな仕事があり、一つの仕事は必ず他の仕事と関連しており、仕事の数だけ、人間がいる。
無口でとつつきにくい中年男性が、次のように言った。
「これまでは実験などが中心の仕事でした。実験結果の報告は文書にまとめるから、人と口をきかなくてもすんでました。
けれど今回の異動で、支店のセールス・エンジニアの仕事に変わりましてね。
これからは人間相手の仕事なので、人とうまくコミュニケートする方法を身につける必要に迫られています」彼が言っていることは、あくまで程度の問題である。
モノ相手の仕事だから相手と口をきかなくてよいとは限らないだろう。
朝夕の出退勤時や昼休みなどに、他のセクションの人たちと顔を合わせれば、そこに話す機会が待っている。
彼の実験データは、他の人間が参考にするから、彼はその人とコミュニケートする機会だつであったはずだ。
仕事をしていれば、必ず他の人たちと何らかの関係が生じ、コミュニケーションが必要となる。
営業という仕事は、その程度が高いにすぎない。
研究、技術、設計などの仕事は、一見単独でやっているように見えるため、これらの仕事に携わる人の中には、相手があることを忘れている人がいる。
機械相手より生身の人間と接しているほうが性に合っている人もいるが、生身の人間は複雑かついい加減だから、機械のほうがよいと、人との接触を嫌う人もいる。
特に、コンピュータの出現によって、機械好きがふえているようである。
だがビジネスともなれば、人間を避けられないのである。
「わたしは人と接するのが嫌いで、機械をいじる仕事を選んだのです。
人と口をきかなくちゃならないんだったら、いまの仕事もやってませんよ」などと言っている技術者を見かける。
世の中に、まったく人と口をきかずにすむ仕事は皆無に近い。
「仕事というのはすべて人間が相手だから、自分を含めて人間ときちんと対応できなければ、仕事もできない」この点の認識が欠けていると、営業に異動になった先の男性のように、無口でとつつきにくい人聞ができあがってしまう。
人問、ひとりで生きているのではない。
必ず他人とのかかわりの中で、仕事をし、生活しているのだ。
したがって、人が生きていく上で、もっとも大切なものの一つは、人間関係である。
一方で、他人との関係に無頓着で「変わり者」とされている人がいる。
もう一方で、気を使いすぎ、「人間関係の煩わしき」が重荷になって、会社を辞めたり、ノイローゼになったりする人もいる。
仕事を進める上で、人間関係が重要であるのは言うまでもない。
相手との関係をスムーズにするためには、どうしたらよいか。
人との関係の媒介となるのがコミュニケーションである。
コミュニケーションのとり方次第で、人間関係は良くもなれば悪くもなるのである。
別の言い方をすれば、自分と相手を結びつけるのがコミュニケーションである。
コミュニケーションのとり方次第で、結びつきが深まったり、逆に切れてしまうこともある。
あなたが上司だったとする。
部下の営業成績が伸びない。
上司のあなたには熱の入れ方が足りないように感じられる。
そこで、次のように言った。
「この厳しい時期に、もっと気合いを入れてやらんとダメだよ。
近頃、手を抜いてるんじゃないか?」部下はむっとしたように、「手抜きなんかしてませんよ」と言うなり、席を立ってしまった。
以来、部下の態度がよそよそしくなった。
部下にすれば、自分なりに力を入れて仕事に取り組んでいたつもりなのに、「手を抜いている」の一言で心を閉ざしてしまったのだ。
部下にはっぱをかけるつもりだった上司の一言は裏目に出てしまったのである。
部下のほうも、「自分なりに」ではなく、力を入れて仕事に取り組んでいるのが上司にわかるように、コミュニケートする必要がある。
コミュニケーションは相手に向けての発信であり受信である。
自分なりではうまくいかないのだ。
上司も、部下の状況を考えてコミュニケートしていたら結果は違っていただろう。
「不況で厳しい時期だから、どこの会社も予算の削減で営業は仕事がやりにくいよな」「頑張ってやってるんですが、どうも成績が伸びなくて」「どうしたらお客様の役に立てるかを真剣に考えるんだね。
そして、提案していくんだ」「実は、いま働きかけているA社なんですが:::」部下は上司に事情を話し、力を借りようとする。
二人のつながりはこれで深まる。
努力はしているが、さっぱり売れずにすっかり自信を失った営業マンが、この先やっていけるかどうか不安になって上司に相談した。
「みんなが売れているときに、きみひとりが売れないというんなら、これは問題だ。けれども、いまはみんなが売れない時期なんだ。きみだけじゃないんだよ。
こういう時期はじっくり腰を据えて、お客様との人間関係を強固なものにするとか、先に備えて地道な活動をすることだ」部下は、目の前が明るくなった。
自分ひとり売れないのではないと気づいて、やる気が湧いたのである。
部下に対してこのようなコミュニケーションができる上司は、信頼される。
相手の側に立って、何をどう話すかを考え、工夫する。
簡単なようで、自分にとらわれるとなかなかできない。
業績が伸びずにもどかしい気持ちにかられている上司に、自分がやっていることについてすすんで情報提供していく。
「いま、働きかけているA社ですが:::」「うまくいったのか」「それが、もう一歩というところで先に進まないんです」「どんな状況なんだ」「実は・・・・・・」こんなふうに運べば、自分のやっていることが上司にも理解してもらえ、力を貸してもらうなど協力も引き出せるのだ。
人間関係を深め、協力を引き出す。
鍵になるのが、コミュニケーションなのである。
これまで、「コミュニケーション」という言葉を何気なく使ってきた。
コミュニケ−シヨンとは何か、コミュニケーションとは何かと、あらためて問われると、意外に答えにくいのではなかろうか。
コミュニケーションに、「意思疎通」という訳語をあてはめてもぴったりこない。
近頃よく使われるプレゼンテーションも、これといった訳語ができていないが、わたしは「提案型説得」と名づけている。
実際的な側面から見たとき、コミュニケーションの上手・下手を区別する尺度はどうか。
何をもって上手とするかの尺度・基準も、漠然としたままなのである。
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